2022年診療報酬改定や医療情報化支援基金でも注目を集めることになった医療情報の標準規格HL7 FHIRについて、規格策定の背景やその概要、狙いについてお話しています。
なぜ医療情報の標準化が必要なのか?
このHL7 FHIRについてお話する前に、まず、医療情報の標準化がなぜ必要なのか、そして今までなぜ進んでこなかったのかについて考えてみましょう。コロナ禍が続く中、医療機関や関連組織間の地域連携や役割分担の重要性が再認識され、医療情報のデジタル化やデータ共有の必要性が明らかになっています。
しかし、日本では未だに多くの医療機関が電子カルテを導入しておらず、導入している場合でも各医療機関が異なるベンダーのソフトウェアを利用しており、システム間の互換性がありません。これが地域連携や情報共有を困難にしています。
そこで、標準規格を制定し、診療報酬上の設定も行うことで規格の普及を促す動きがあります。その標準規格として選ばれたのがHL7 FHIRです。
この規格について詳しく知りたい方にお勧めの書籍は、「HL7 FHIR: 新しい医療情報標準」です。著者はアメリカのMark L. Braunstein先生で、日本語への翻訳には医療情報学会やNeXEHRSというプロジェクトなどで、日本の医療情報標準化に尽力されている東京大学の大江 和彦先生が携わっています。
また、厚生労働省のホームページからダウンロードできるHL7 FHIRに関する調査研究報告書や、健康医療介護情報利活用検討会医療情報ネットワークの基盤に関するワーキンググループ資料も参考になります。
医療情報の標準規格HL7 FHIRとは?
医療情報の標準規格HL7 FHIRの目的とは、長年存在してきた相互運用性の問題を解決し、データの連携、共有、標準化を促進することです。FHIRは、「Fast : ファースト」「Healthcare : ヘルスケア」「Interoperabillity : インターオペラビリティ」「Resources : リソース」を意味する4つのアルファベットで構成されており、普及しているウェブ技術を採用することで迅速なサービス立ち上げを可能にするというものです。
つまりこのHL7 FHIRでは、医療情報の相互運用性を確保するために、リソースと呼ばれるデータ交換の小さな論理的に独立した単位が採用されています。先ほど紹介した書籍の中で、東京大学 大江先生は、医療現場で発生する主要なデータを再利用可能な構造化された形で電子化し、ICT環境を普及させることが、データに基づく個人健康管理や少子高齢化社会における医療最適化に不可欠であると述べています。
また、医療分野で大きな期待が寄せられているAIを活用するためには、その燃料とも言える膨大な量のデータを蓄積することが必要であり、データを活用した医療の提供を可能にする環境を整備することが重要です。このために、電子カルテシステムに求められる要件としてHL7 FHIRによる標準化が検討されているというわけです。
HL7 FHIRとクラウド・ウェブ技術
このHL7 FHIRという規格は、クラウド技術と密接に関係しています。
HL7 FHIRでは、医療情報システムを構築する際に、現在のウェブサービス技術を活用することを目指しています。具体的には、Facebook、Twitter、YouTubeのようなウェブサービスで用いられている技術を取り入れることで、医療情報システムをより効率的に構築し、相互運用性を向上させることができると考えられています。HL7 FHIRでは、従来の医療情報システム開発手法とは異なり、サービス構築が容易で柔軟なデータ利用が可能なRESTful APIという技術を採用するように規定されています。
ウェブサービスとは、従来の医療情報システムのように特定のOSや実行環境に依存しないシステムです。TwitterやYouTubeのようなウェブサービスは、WindowsでもMacでも利用でき、端末側に特別なソフトウェアをインストールする必要がありません。
そしてRESTful APIということについて。これはウェブサービスの設計思想であるREST(Representational State Transfer)考え方が基本となっています。RESTは、ウェブサービスを作成する際に、固有のURI(Uniform Resource Identifier)やURL(Uniform Resource Locator)で永続的にアクセスできるように表現することを目指しています。
FHIRのアルファベットの最後の「R」は、「Resources : リソース」を意味します。これは、URIやURLのようなものを指しており、個々の医療データが世界中の情報の中で一意に識別できるようになっています。このような仕組みを導入することで、医療データの相互運用性が向上し、データの連携や共有が容易になります。
FHIRの規格では、RESTful APIを活用して医療情報システムを構築することを推奨しています。RESTfulという言葉には、「RESTに基づいた」や「RESTな」といったニュアンスがあります。API(Application Programming Interface)は、ウェブ上のサービスに対してリクエストを指定した形式で送信すると、一定の決められた形式で応答を得ることができる約束事です。この約束事によって、相手側のシステムの詳細を理解していなくても、情報にアクセスしたりデータを登録したりできるようになります。
例として、YouTube動画のURLに特定の時間から再生する情報を付加して、Twitterに投稿できるようにすることが、RESTful APIによって実現されています。YouTubeはTwitterのプログラムの詳細を理解していなくても、情報の相互運用が可能です。FHIRの目標は、このような仕組みを医療情報システム業界でも実現することです。
この仕組みが実現されると、異なるベンダーの電子カルテや検査システムを使っても、容易にシステム間の連携が可能になり、異なる病院間でも普遍的なリソースやURLにアクセスすることで情報共有ができるようになります。ただし、医療情報を扱うため、認証やアクセス権限などのセキュリティ対策を適切に施すことが重要です。
このようになると、地域連携が進み、データの蓄積や共有が容易になり、未来に向けた医療情報政策も立てやすくなります。FHIRは、医療情報の相互運用性を高めることで、効率的な情報共有と連携を実現し、医療業界全体の発展に貢献することを目指しています。
標準化の狙い
つまり、厚生労働省がこのHL7 FHIRを標準規格として採用した理由は、医療情報システムの相互運用性を向上させ、効率的な情報共有と連携を実現するためです。
診療報酬に関してHL7 FHIRが言及され、医療情報化支援基金においてもFHIRによる標準化が対象要件となるという動きは、医療情報システムの相互運用性がますます重要になっていることを示しています。
これまでも医療情報の標準化や地域連携に関しては私たちの取り組みべき課題として様々なプロジェクトがありました。
ただその中には局所的な成功事例は生まれても、継続的に広範囲に普及するまでには至らなかった、それがコロナ禍を契機に相互運用性の向上がより求められ、もはや待ったなしの状況になり、そのための技術としてFHIRが選ばれました。
これにより、このFHIRの流れに乗らなければ、医療機関は診療報酬や補助金を得られない、システム提供ベンダーは顧客から選ばれないといった時代が到来しています。
今後、これらの取り組みが進むことで、医療情報システムの相互運用性が向上し、医療業界全体が効率的に情報共有や連携を実現することが期待されます。